この記事では、中華人民共和国におけるAI技術・運用に係る法規制について概説します。
☆ 中国法とは?
まず前提となる中華人民共和国における法構造について、近代以前の「律令法」を基底に、また近代以後は大まかに言えば西洋法(淵源はローマ法、近代的には主にフランス・ドイツといった大陸法系)を継受しながらも、同時にマルクス=レーニン主義的な「社会主義法」の影響も色濃く残っている事から、総じて欧州や日本国とはかなり異なった法文化にある点に注意が必要でしょう。
※ なお植民地支配の経緯から、例えば香港ではイギリス法系、またマカオ特別行政区では大陸法の中でもポルトガル法の影響が特に強く見られるといった差が見られる場合もあります。
別記事で解説したようなアメリカ合衆国における統治体系とは全く異なり、中国では中華人民共和国憲法(1949年公布、なお82年の第5期全国人民代表大会において4度目の改正がなされたものが現行憲法の原型である)を頂点とする行政-法執行体系にあって地方自治体の権限等は非常に制約されているため、全人代による立法や各政府組織によるガイドライン・声明等が実際的なAI規制の中核となっているものと解釈できます。
☆ 中国におけるAI法政策
Google製品や近年で言えばOpenAI社のChatGPTといった、海外産のサービスを一律に禁止・制限している現在の中国におけるAI関連法制の動向を見る上では、戦略的な投資・産業振興という法政策的な積極面と、開発段階での事業者への情報アクセス規制やユーザー規制といった消極面との両面を捉える必要があります。
まず前者の開発推進の面についてですが、近年では2015年に政府より発表された「中国製造2025」が重要です。これは、建国100年を迎える49年に製造業分野における世界最先端の国家となることを目指す長期戦略の上での基本となる文書であり、通信技術や発電設備、宇宙開発から農林水産業までに及ぶ包括的な戦略ロードマップを提示しています。また同書は25年までに製造強国に並び、35年までにその中でも中等以上の産業立国となり、49年時点で世界首位の製造業大国に至るとの目標を明示しており、市場主導・政府誘導/現実立脚・長期視野/全体推進・重点突破/自主発展・協力開放という4原則に立脚しています。他にも、第13次五カ年計画綱要(2016-2020年)及びこれに次ぐ2021年の第14次五カ年計画(2021-2025年)、また同年の2035年長期目標綱要においてそれぞれAI推進が打ち出されています。「中国製造2025」の第一目標たる25年を迎えた現在において、各分野における投資計画は概ね達成されたものであるとアメリカやフランス、日本国といった第三国の報道機関によっても認められている所であり、共和党トランプ政権下で経済圏のブロック化が急激に推進されてゆく中、次期10年間で如何なる展開を迎えるかが注目されます。
ついで後者の規制政策の面に関しては、2014年に中国共産党中央宣伝室のもとに設立された「国家インターネット情報弁公室」が特に重要であり、インターネット上の世論工作管理を担当している当該部門は規制面での法政策の動向を見る上で大いに参考となります。まず、後述の「生成AI管理暫定弁法」に至る経緯を略述すると以下のようになります。
時期 |
名称 |
部門・内容 |
2018年11月 |
世論属性等を有するインターネット情報サービス安全評価規定 |
情報弁公室による、SNSサービス提供事業者への安全審査等を規定。 |
2019年12月 |
ネットワーク情報コンテンツ生態ガバナンス規定 |
上記の対象となる事業者の遵守すべきサービス基準を整理。 |
2021年11月 |
インターネット情報サービスアルゴリズム推奨管理規定 |
上記につき、個人最適化における利用の事実や目的の明示義務を規定。 |
2022年11月 |
インターネット情報サービスにおけるディープ・シンセシス管理規定 |
図画や音声の合成技術に係る規制。 |
2023年4月 |
生成AI管理弁法草案(募集意見による) |
生成AI開発・提供における透明性や安全性、真実性の確保といった厳格な規制。 |
そして2023年5月に「生成AI管理暫定弁法」が、情報弁公室、国家発展改革員会、教育部、科学技術部、工業・情報化部、公安部及び国家ラジオテレビ総局の連名で発表されました。募集意見により作成された草案段階のものより産業育成・投資のニュアンスが強調された内容となっています。情報ソースの真実性や合法性の確保、事業者に課される情報公開や説明責任の内容等については欧州における規制法と同等かそれ以上の水準となっているものの、他方で世論統制を主眼に置いた規制も併存し、かつ技術革新の推進における具体策も織り込まれているなど、過去数年に渡る政治領域や産業界、学会等における議論が包摂された折衷案として評価できると思います。例えば開発段階でなくサービスの提供時点で規制を及ぼすなど、創発と規制の調整を図る工夫が見られます。
※ ちなみに「弁法」というのは行政法規における呼称の一個であり、他にも「条例」や「規定」なども用いられていますが、中でも特定分野の詳細について規定するものに対して付される名称です。また「暫定」と付されるものは包括的な立法に至るまでには時間を要するものの、当該時点でひとまず立法が必要であって法律同等の拘束力があり、かつ改定・補完が予定されているものを指しています。
またAIに係る法規制や産業政策全体を包括する、言わば中国版AI法の立法も模索されています。23年6月に公表された「国務院2023年度立法作業計画」においてAI分野の立法指針が初めて示され、また翌年5月の同24年度計画においても同趣旨の記載があります(国務院による草案は未掲載)。23年8月には中国社会科学院や重点大学に指定されている組織に属する専門家らが共同して起草した「AIモデル法1.0(専門家意見稿)」が発表され、計7章、73条から構成される同法は「生成AI管理暫定弁法」に整合的な各種規制や投資戦略、また国家AI弁公室を創設する旨を規定しています。また24年3月に別の大学グループが連盟で発表した「AIモデル法(学者建議稿)」においては、平等・公正性の原則や規制政策の他に、国際標準化を見据えた域外適用規定や一定の開発企業に対する補助金・各種減免措置等が規定されているなど、より先進的な姿勢が伺えます。他にも全国ネットワーク安全標準化技術委員会が2024年9月に発表した「AI 安全ガバナンスフレームワーク」においては欧州的なリスクベースによるAIの定義・分類が志向され、独自立法に向けた多様な検討の足跡が伺われます。
☆ 一帯一路の展望
中国は17年より「一帯一路」という新たな広域経済権の樹立を主導し、法政策の面でも画一的な規制体系や統一規格の構築を試みています。これはシルクロードを通過する中央〜西アジアにおける「シルクロード経済ベルト」と、インド洋やアラビア海からアフリカまでを結ぶ海路である「21世紀海洋シルクロード」を基調とし、習近平主席が13年9月にカザフスタンのナザルバエフ大学において行った演説の内容に端を発します。「中国製造2025」における目標と同じく、49年までの完成を強く掲げており、中国史上最大規模の投資戦略と位置付けられています。23年10月には習主席が第3回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムの開幕式の基調演説において、「グローバルAIガバナンスイニシアチブ」を発表しました。これは欧米とは異なる基軸の経済圏を構築する上で必須となる、国際法政策、特に商取引や投資、また知財分野での国際協調を推進する旨の宣言であり、具体的には各国法政策の尊重や管轄権の明確化、開発環境の相互保障、投資面での連携等を謳っています。
☆ おわりに
中華人民共和国については、少なくとも国内的には厳格な規制や監視が普及しているものと解されがちですが、世論工作や反乱分子の統制とともに、開発・投資分野での政策面でも市場との繊細な調整が図られている経緯が見られたかと思います。また、米国の覇権が自壊し国際秩序全体が大変動を起こしていく中、一帯一路を始めとする新たな地域国際秩序を樹立し、覇権を得んとする中国共産党体制についてもそれら影響は及ぶものと確実に思われ、今後の動向がますます注目されます。
参照文献
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/awareness-cyber-security/generative-ai-regulation05.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO38656320X01C18A2EA2000/(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.digima-japan.com/knowhow/china/14498.php(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.jst.go.jp/crds/report/CN20150725.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/25j005.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.nri.com/jp/media/journal/20250205.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_kenkyu/2kai/shiryou5.pdf(最終閲覧:2025/4/13)