この記事では、アメリカ合衆国におけるAI技術・運用に係る法規制の動向について概説します。

 

 

☆ アメリカ法とは?

 

まず前提として、アメリカ合衆国は国家の成立経緯からして、(成文法典を重視するフランスやドイツといった「大陸法系」とは異なり)裁判手続による「法の発見」や判例法理を主な法源とするイギリス法文化の強い影響下にあり、また各州の中央政府に対する権限も相対的に強いことから、日本国における法典の序列関係や国-都道府県のパワーバランスとは全く異なる法状況にある点に注意が必要です。

 

法を公示する媒介を「法源」と呼びますが、アメリカ合衆国においては大まかに、全国を対象とする「連邦法」と各州の自治権に基づく「州法」によって法の秩序が規律され、また「コモン・ロー」というイギリス由来の判例法を慣習的な法源とする体系が併存し、且つここに議会に対して大統領個人に様々な権限を許容する合衆国憲法に基づく「大統領令」も組み合わさっており、総じてかなり複雑な法的序列関係があることが伺えます。

 

アメリカ法の基礎であり頂点となるのは1788年に発効した合衆国憲法でありますが、同第6条には連邦法が州法に対して優越することを定めており、かつ権利の章典(修正第1条〜第10条の通称)の第10条では連邦法に基づいて確定できない領域は州法或いは人民の自決権に委ねられる旨を規定しています。また、大統領令の機能や範囲については詳細には定められていません。特に第二次トランプ政権以後にニュースを賑わしている通り、連邦法や州法の規定が連邦最高裁により違憲と判断される(ただし、憲法には違憲審査権を定める明文規定はない)場合があるのと同じく、大統領令もまた裁判所に違法や無効の審判を受けた実例も少なからずあります。

 

☆ 連邦法の動向

 

これまでアメリカは「ハードロー」による体系的なアプローチではなく、一貫して自主規制での規律を求めてきた経緯がありました。バイデン前大統領を冠する当時の民主党政権下において、22年10月にホワイトハウスの科学技術制作局により「AI権利章典の青写真」が公表され、23年10月には米国内では初となる、法的拘束力を有する「AIの安心・安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」に署名しました。これらは利用者目線からの安全性や透明性の確保、また責任の所在の確定や基本的人権への配慮等を開発者側に要請する旨のものでありましたが、25年1月に大統領職に就任した共和党/トランプ大統領は前述を含む様々な旧政権時の大統領令を撤回した事により、実際上米国のAI法規制に係る議論は振出しに戻った情勢にあるものと考えられます。そんな中、4月7日に行政管理予算局/OMBは米国内各省庁に対して、AI戦略について半年以内に取りまとめる旨の指示を発出し、この記事を執筆している現在も事態が急速に変動している最中にあります。当該命令によってAI開発・利用制限に対して抑制的であった旧政権時の命令が新たに撤回され、官僚機構の内部で効率的なAI利用を推進する方針に転換されました。

 

連邦全体としての統一法典は存在しませんが、例えば25年2月にフランスで行われた「AIアクションサミット」における、開放的・包括的・倫理的な規制アプローチを旨とする共同声明についてイギリスとともに署名を拒否した点から、少なくても欧州におけるそれとは独自の立法指針を有している点は伺われるかと思われます。また、米国連邦議会の上下院の双方で体系的な立法に向けた検討が進んでいます。例えば、上院では共和・民主両党の議員からなるグループが、2024年5月にAI 関連の規制立法に向けたロードマップを公表するとともに予算増額を求め、下院においても超党派の議員24名から成るタスクフォースが同年2月に設立され、行政庁や学会、産業界の各専門家に対しヒアリングを行い、12月には「Bipartisan House Task Force Report on Artificial Intelligence」というレポートとして公表しました。なお下院では、同じく超党派議員らにより、安全保障上の観点から中華人民共和国・杭州市の人工知能研究所である「DeepSeek/深度求索」の提供するITサービスの利用禁止を求める法案が25年2月提出され話題になるなど、国内市場・開発環境の保護に向けた動きが活発化している様子が見られます。

 

☆ 州法の動向

 

州法レベルのAI規制の動向として、この記事ではコロラド州とカリフォルニア州の例を挙げます。

 

 

まずコロラド州についてですが、民主党のJ.ポリス州知事は24年5月に、米国で初となる包括的な州レベルのAI規制法である「人工知能システムとの相互作用における消費者保護に関する法律/ SB 24-205法案」に署名しました(施行は26年2月以後を予定)。同法は欧州AI規制法的な「リスク・アプローチ」を基に、AIシステムに係る予見可能性や透明性の確保を特に高リスクのAI提供事業者に義務付け、また損害発生時の賠償や抗弁、リスク管理の実施について規定しています。本法における「高リスク」とは、雇用や教育の登録や機会確保、重要な公共サービスや医療、住宅、金融、保険サービス等の提供や拒否に重大な影響を与える場合が想定されています。また本法では、年齢や人種、障害の有無や内容、遺伝情報、言語能力、宗教、性別、職歴や現在の地位等に紐付く生成 AIによる「アルゴリズム差別」的な振舞いの予防、及び権利救済に重点が置かれている点も特色としてあり、開発事業者による説明責任の確保といった形式で当該主旨が具体化されています。

 

 

また、カリフォルニア州について。世界最大の準経済国家とも言われる程の経済規模を誇り、GAFAM(なお、直近ではMATANAやMTSAASといった企業群としての呼称も新たに提唱されています)を始めとする国際IT覇権企業群を擁する同州では、24年9月に生成AIの透明性確保を目的とするSB 942法案、学習データの開示を義務付けるAB2013法案、「カリフォルニア州消費者プライバシー法/CCPA」の適用範囲を生成AIにも拡充するAB1008法案、AIリスク分析を義務付けるSB896法案、医療分野への利用規制・連携策を規定したAB3030法案と SB1120法案、また生成 AIを用いた児童ポルノ規制を内容とするAB1831法案とSB1381法案等に民主党のG.ニューサム知事が署名し、それぞれが州法として成立しました(なお発効はいずれも26年1月を予定)。またAI利用による安全性テストや損害発生時の開発者責任を規定した「最先端AIシステムのための安全で安心な技術革新法/SB1047法案」に対しては州議会の可決を経た上で、州知事による拒否権が行使され、成立には至りませんでした。

 

☆ まとめ

 

連邦法や大統領令、また各州法を例にAI規制法の動向を概観してきましたが、4月に60の国家及び地域に対する相互関税を発動したことや、トランプ政権の最重要人物であるE.マスク氏が同月時点で退任の意向を示した事態もあって、今後の展望として断定できることは殆どないように思われます。筆者の所感としては、連邦政府自体の権限・機能や州に対する予算の全体的な縮減傾向、また各州と欧州等の他国との戦略的な連携・調整といった思惑の表面化も今後あり得ることに鑑みれば、少なくても短期的には各州毎の規制や基準が独立的に分立・併存し、法的な分裂状態が生じないとも限らないのかなと感じられる所であると言えます。

 

参照文献

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https://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/law/faculty/2019/190930slide01.pdf(最終閲覧:2025/4/13)

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