この記事では、日本におけるAI分野に着目した独自の新規立法の動向について解説します。

 

※ なお日本国における知的財産法規の全体像については別記事にて解説してありますので、こちらも併せてお読み下さい。

 

 

☆ 立法に至る経緯

 

これまで日本国にはAIを包括的に定義・規制する法典体系はありませんでしたが、様々な検討を経て25年2月に内閣府により「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案」(以下、「AI法案」とする)がついに閣議決定され、国会に提出されたものが現在(25年4月時点)も審議中となっています。

 

まずはガイドラインや通達等を用いて事業者等に注意喚起を促す従前からの運用から解説しましょう。

 

従前より日本国としては、AI分野に特化した独自の法典は定めずに、開発者や事業者等に対し市場における一定程度の行為規範の標準化を担保し得るようなガイドライン等を公示するまでに留め、法令違反等の場合には既存の立法・解釈で対応する運用方針を取っていました。これは比較法的には「ソフトロー・アプローチ」とも言われ、アメリカ合衆国やイギリスがこの立場にあるものと言われています。

 

近年で言えば、2019年3月に政府の統合イノベーション戦略推進会議によって策定・発表された「人間中心のAI社会原則」や、AI開発事業に関する一般的なガイドラインとして総務省のAIネットワーク社会推進会議が公表した「国際的な議論のためのAI開発ガイドライン案」(2017年7月)及び「AI利活用ガイドライン」(2019年8月)、また経済産業省のAI原則の実践の在り方に関する検討会から公表された「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン Ver. 1.1」(2022年1月)等が主な例となります。

 

上記の一般的なガイドラインのほか、個別の分野に特化したガイドラインもいくつか公表されています。例えば、教育現場での生成AIの活用に関して、文部科学省が発表した「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」(2023年7月)や、また民間領域でも福祉分野の生成AIに特化したガイドラインとして日本デジタルヘルス・アライアンスによる「ヘルスケア事業者のための生成AI活用ガイド」(2024年1月)、一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会が発表した「プライマリ・ケアにおけるAI利用ガイドライン」(2023年12月)といった例があります。

 

直近では、2023年5月のG7広島サミットにおける各国の閣僚級会合にて「広島AIプロセス包括的政策枠組み」の取りまとめを経て、上記のガイドラインを統合・見直し、その後に発展したAI技術の特徴及び国内外におけるAIの社会実装に係る議論を反映して、2024年4月に、新たに「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」が総務省及び経済産業省より公表され、これが現在の最新版となっています。

 

以上のガイドラインはいずれも、法律や政令、条例といった法律形式に該当するものでないため、何らの法的義務やその違反に対するペナルティ等を設けることは出来ず、むしろ事業者等にAI開発・運用の場面で生じ得る様々なリスクやその対処法、また規範的に留意すべきポイントについて周知を促すものとして公示されていたに留まるものでした。

 

☆ 日本版AI規制法案について

 

 

これに対して「ハード・ロー」としてのAI法案は全4章の計28条からなる比較的簡素な法律であり、行政機構に向けた基本計画の策定や情報収集・戦略的な産業育成に向けた指針、及び民間事業者の法的責任(ただし違反時の罰金は無く、事業者名の公表に留められる)等を規定しています。

 

特色としては、内閣総理大臣を本部長とし全閣僚で構成される「AI戦略本部」を設けた上で、政府に民間事業者によるAI開発等に関する調査・指導権限を付与した点、また体系的な立法としては初めてAI産業への投資戦略やそのニーズを明記した点でしょう。同法は欧州AI法における4段階の「リスク・アプローチ」の様な区分は現状は設けず、むしろ既存の法制との整合性を重視するようなニュアンスが見られるものとも言われていますが、差別的な発信であったり、また人間の深層心理に働きかけるような生成AIサービスの提供等に対して厳格な規制を設ける欧州基準のAI規制法に比べては、日本版のそれは良く言えば慎重、悪く言えば及び腰な印象を与えるとの批判も生じています。また欧州版では域内に商材やサービスを提供する外国事業者にも規制が及ぶものと明記していますが、今回のAI規制法案では適用範囲・条件についての規定が無い点も中途半端であるとの批判がなされている所です。本法案の全文はこちらとなります。

 

総じて、投資政策を織り込みながらも同時に厳密な基準・強度な規制を設ける欧州や中国、あるいは市場・企業の自主的な裁量を比較的広汎に認める米国のアプローチの、いずれとも一定共通する部分を各所に残しながら、日本独自の基準を模索している最中にあるものと見なすことが出来るかと思います。

 

目下審議中であることから、引き続き今後の展開を中止していく必要があると言えるでしょう。

 

参照文献

https://www.noandt.com/wp-content/uploads/2025/03/technology_no59_1.pdf(最終閲覧:2025/4/13)

https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/ai-institute/2025/ai-governance-07.html(最終閲覧:2025/4/13)

https://www.nri.com/jp/knowledge/publication/kinyu_itf_202409/files/000026551.pdf(最終閲覧:2025/4/13)

https://innovationlaw.jp/aiguideline/(最終閲覧:2025/4/13)

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/10379/(最終閲覧:2025/4/13)

https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20240607_e01/(最終閲覧:2025/4/13)

https://www.jiji.com/jc/v8?id=20250307seikaiweb(最終閲覧:2025/4/13)

https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004.html(最終閲覧:2025/4/13)

https://keiyaku-watch.jp/media/gyoukaitopic/ai-guidelines/(最終閲覧:2025/4/13)

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/20220128_report.html(最終閲覧:2025/4/13)

https://note.com/informationlaw1/n/nea72aa2e6b7e(最終閲覧:2025/4/13)