この記事ではASEAN/東南アジア諸国連合におけるAI政策の動向について解説します。
☆ ASEANの法政策について
そもそも「ASEAN/東南アジア諸国連合」とは、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの計10カ国からなる地域的な国家連合であり、政治経済や法制度、安全保障等の観点から連携を促進する目的で運営されています。1961年にマラヤ連邦のT.A.ラーマン首相が主導し発足したタイ、フィリピン、マラヤ連邦(現在のマレーシア)の3カ国よるASA/東南アジア連合が源流であり、その後67年8月にタイのバンコクで締結された「バンコク宣言」を基に、タイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、マレーシアの5か国を原加盟国とするASEAN/東南アジア諸国連合が設立されたという経緯を持ちます。発足当初は反共・資本主義路線ベースの国家連合という色彩が強かった点に注意が必要ですが、その後84年にブルネイ、また冷戦崩壊以後の90年代にベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアが加盟し、反共・非西洋陣営というよりは共同性を模索する地域連合という要素が強まり、2007年に締結されたASEAN憲章を通じ理念や組織体系が明確化され、現在の形に至りました。
しかし、ASEANの法制史的な動向を同じく地域国際連合としてのEU/欧州連合と並べて比較するには様々な難点があります。まず、アジア全体として民族や言語的な分布が著しく多様であり、また近代以後の植民地支配の経緯からして大陸法(タイ、インドネシア、ラオス、カンボジア)/英米法(ミャンマー、シンガポール、マレーシア、香港、インドほか)との差異があり、そこに資本主義or社会主義陣営といった政体-法制度的な断絶をも経験し、かつ宗教や産業・気候等の多様性も相まって、統一的な慣習国際法を形成するには欧米史的なそれとはまた異なる経路を辿る必要がある訳です。
☆ 東南アジア法と日本
また、体制革命・近代化の進展自体が比較的近年であったりする国家も多く、80年代以後に日本も含め様々な先進国家がODA/政府開発援助として法整備支援を行ってきた歴史があります。日本国としては外務省・JICA/独立行政法人国際協力機構が中心となって、これまでにベトナムやラオス、カンボジア、インドネシアやモンゴル東ティモールその他周辺諸国に体系的な民法典や商事・経済法、訴訟手続から法曹・官僚の育成等までに至る分野で現代的な立法・運用を可能とし得るための支援を行ってきており、かつそういった連携体制は今日まで持続しています。
※ 法整備支援における日本国とASEANの関係は古く、1962年設立の国連アジア極東犯罪防止研修所/UNAFEIに日本国が参加し当時のASA含む東南アジア諸国家に法制度に係る教育・開発支援を行ったり、先述の80-90年代以後の法整備支援事業であったり、また2008年には東アジア版のOECD事業体としてERIA/東アジア・アセアン経済研究センターを開設、近年では21年からASLOM/ASEAN高級法務実務者会合に参加し、法分野においてもより先進的な国際協調を目指して協議を重ねて来た等の実績があります。
☆ ASEAN版AI法の展望
23年にロイター誌から発出された報道によれば、当時既にASEANは地域国家連合としてのAI規制立法に向けた指針を作成しており、これは一般向けには非公開ではあるもののGoogleやIBM、Metaといった国際IT覇権企業に配布され、各社との意見公開が行われた経緯があります。同誌によれば、創発を重視した開放的な内容であったと表されています。また24年2月にはシンガポールが議長を担当したデジタル閣僚会議で「ASEAN におけるAIのガバナンスと倫理に関するガイド」が採択され、透明性や安全性の確保、各企業内でのガバナンス強化を旨とする内容が取りまとめられました。直近では、日ASEAN経済産業協力委員会主催で24年12月に東京都内で開催された「日ASEAN経済共創フォーラム2024」が重要です。この会合では自動運転や持続可能な環境開発といった分野と同時にAI規制の方面についても議論され、AI投資によりASEAN全体に利益がもたらされるという試算とともに、組織内では主にシンガポールとマレーシアが先導して規制法面の議論を進めている現状が共有されました。
東南アジア圏において、AI分野での学術論文の報告数がこの5年以上に渡って首位で推移しているシンガポールでは14年に「スマート・ネイション構想」を発表して以来、デジタル先進国家の建設に向けて、ASEAN圏でも特に活発な投資/規制の動きが見られます。23年6月には同国の情報通信メディア開発庁が、AIを倫理ガバナンス原則と照合し検証するツール「AI Verify」の開発・利活用を促す財団を設立し、同年12月には19年策定の国家AI戦略を改定し新たに「NAIS 2.0」を発表、先端技術や金融サービス、教育部門等でのAI利活用を促進していく旨を打ち出しました。24年5月には官民連携で「生成AIのためのガバナンスの枠組みモデル」を作成・発表し、欧州並みの規制基準や投資計画を体系的にまとめるとともに、H.スイキャット副首相はASEAN内でのAI規制議論をリードしていく旨を明示しています。
また上記の論文数で2位に付けて推移しているマレーシアでは、21年に「国家AIロードマップ2021-2025」(AI-RMAP)を策定、23年12月にはこれに示される戦略を実現すべくデジタル省及び5つの政府組織を新設し、国家全体のデジタル化推進に注力しています。同国政府は22年8月に、公正性や透明性、人権尊重や責任体制の明確化等を含めた7つのAI原則を導入し、これは更に24年9月に科学技術省より発表された「AIガバナンスと倫理規定」(AIGE)に引き継がれ、これはASEAN全体のガイドラインの方向性とも整合的でありながら、国内の6割強を占めるムスリムへの配慮等も織り込まれたものとなっています。
☆ 今後の展開について
上記で例に挙げた両国とも、今の所「ソフトロー・アプローチ」の段階にとどまっているものと見られますが、例えば米国の民主党バイデン前大統領は23年、24年とASEAN関連のサミットを欠席しており、また現在の共和党トランプ政権においてもブロック経済化・対中強行姿勢を示している点から、筆者の見解としては中国系の資本の影響の強い東南アジア圏での諸国家においては、経済的にも法制度的にも自立的な動きが活発化していくのではないかと思われます。なお日本国内でのAI法規制の議論についても別記事で解説しましたが、上記に述べたように東南アジアとの連携は今後も加速化していくものと見られ、ますます我が国の重要性は高まっていくものと考えられるため、今後の進展を中止していく必要があります。
参照文献
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/asean/(最終閲覧:2025/4/13)
https://asiansil-jp.org/wp/wp-content/uploads/2016/06/yasuda_nobuyuki.pdf(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.moj.go.jp/content/001409095.pdf(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.asean.emb-japan.go.jp/files/100628498.pdf(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.moj.go.jp/housouken/houso_lta_lta.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://spap.jst.go.jp/asean/experience/2024/topic_ea_28.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://jp.reuters.com/business/technology/QNIDT56655JNNHRVBM3BSFODS4-2023-10-11/(最終閲覧:2025/4/13)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/12/d21c9a6e526ae173.html(最終閲覧:2025/4/13)
https://blog.workday.com/ja-jp/global-steps-build-trust-aseans-new-guide-ai-governance-ethics.html(最終閲覧:2025/4/13)